食材生産者ご紹介・器紹介・生産者を訪ねる

ビードロに新たな命を吹き込む
長崎県長崎市 瑠璃庵 ~生産者さんを訪ねる その5~

2019年8月2日

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南蛮貿易で渡来したビードロ

長崎は坂の多い街だ。ご存知のとおりここは南蛮貿易で栄え、風光明媚な観光地としても名高い。オランダ坂下で、ビードロと呼ばれるガラス器を作っている「瑠璃庵」を訪ねた。ビードロとは、ポルトガル語で「ガラス」という意味。室町時代末から江戸時代にかけて、ポルトガルやオランダから舶来のガラス器が渡来した。その古称を「ビードロ」「ギヤマン」と言った。

瑠璃庵の成り立ち

瑠璃庵は、そのビードロを再現し、新たな風を吹き込んだガラスを作っている。現社長の竹田克人さんは、自分の代でガラス工房を興したパイオニアの人である。ガラスを始めた経緯はちょっと変わっている。
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「私は父母を若くして亡くしましてね。人間いつ死ぬかわからないなら、好きなことをやりたいなと思っていました。その頃、建築設計事務所で働いていましたが、ある時、今はもう刊行していない「室内」というインテリア&デザイン雑誌を見ました。その中で東京にアジア初のガラス研究所ができるという記事を見て、これだ!とインスピレーションが湧きました。ほどなくして仕事を辞め、32歳でガラスの学校に入りました。一からのスタートです。当時は結婚して子供もいたのに、よくそんなことをやったなと思います。」

長崎の人間がせんばいかんとやろね

ガラス研究所で2年間学んで長崎に戻った。もともと故郷だし、ビードロが最初に渡来した歴史があるから、迷わず長崎だったのだが、たまたま茂木という土地に工房を見つけた。実は茂木は、ガラスの材料に使う砂があったから、昔からガラスを作っていたとあとでわかった。それが1983年のこと。以来竹田さんはずっとこの地と松ケ枝でガラスを作り続けている。
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「不思議ですよね。何かに導かれるようにしてガラスを作り始めた。その当時、長崎県ではもうガラスを作っている人はいなかったんです。これは長崎の人間がせんばいかんとやろね、と。」
昔から長崎では、教会に使うステンドグラスを作っていたこともあり、竹田さんは最初の頃はステンドグラスを作り、販売した。その売り上げで燃料を買って作り続けたという。今では、大浦天主堂や他の教会のステンドグラスの修復を任されることも多い匠の人である。ステンドグラスのみならず、ガラスの工芸品、グラスやプレートなど実用のガラス器も作り続けている。
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竹田さんの作品は確かな技術と美意識で人気があり、入手困難なものも多い。そのDNAを受け継いだ息子の礼人さんが作った “DEJIMAスイングタンブラー”と名付けられたグラスは、長崎デザインアワードで入選。そのほかに入賞したものも多い。

ルリアンブルーの美しさ

長崎で作っていた伝統的なビードロ(ギヤマン)の酒器のちろりを2代目のご長男、竹田礼人さんが目の前で作ってくださった。producer_05_6273
るつぼは、1100度に保たれ、真っ赤に燃えさかってそばに近づけないほど熱い。
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透明用と瑠璃用の2つのガラスのるつぼがあり、礼人さんはアシスタントさんと息を合わせて、あっというまに瑠璃色のちろりを作りあげた。producer_05_6334ガラスの注ぎ口はアラジンの魔法のランプのように細くきれいなカーブを描いている。まるで飴細工のようにくにゃりと曲がるガラスは、見ていて実におもしろいのだが、この一瞬芸がうまくいかなければ、ちろりは完成しない。
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取っ手、ふたもあり、すべてのサイズが合わなければ、ちろりは使えない。もちろん美しい形にもならない。思わず、こちらまで息を詰めて見ていた。
出来上がったちろりは、紫を帯びたブルーの瑠璃色でとても美しい。
これをルリアンブルーというのだそうだ。producer_05_6179
「ガラスを作るので一番大変なのは熱さです。」という竹田さんに何を作るのが楽しいですか、と訪ねるとにっこり笑って
「僕は飲んべえですから、ぐい呑など酒器を作るのは楽しいですね」と。producer_05_6208
スウィングタンブラーはひょうひょうとした竹田さんにどこか似ている。両者とも軽やかにスィングしているみたいだ。このグラスで冷たいお酒を飲んだら、さぞかし心楽しいだろうなと思った。

「或る列車」で楽しめる竹田さんのガラス

「或る列車」では、スープデザートやカクテルデザートといったガラス器に盛るスィーツが多い。それらのガラス器は瑠璃庵で作られている。気泡の入ったスープデザート用のガラス器は、ゆったりとした立ち上がりがあり、スィーツの演出をしている成澤シェフもお気に入り。
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「或る列車」でこのスープデザートをいただいたが、とても盛り映えしていた。この他、列車内で使用している安定感のあるグラスも、瑠璃庵のオリジナル。フォルムが美しく、使いやすく、マイグラスとして愛用したいと思う。これは「或る列車」の車内販売で入手できるが、よく売り切れるのだとか。これからも竹田克人さんと息子さんの竹田礼人さんが紡ぎ出す令和のビードロから目が離せない。