甘みと旨みが奏でるお茶のシンフォニー
福岡県八女市の星野製茶園 ~生産者さんを訪ねる その2~
八女茶の星野製茶園へ
福岡県八女郡星野村は八女茶の生産地として有名なところだ。この一帯は、矢部・星野川流域の標高250〜400mほどの山間部で朝晩の寒暖差が大きい。そのため霧が発生しやすく、それが自然の覆いとなって上質なお茶が生産されるのだそうだ。
そんな星野村にある星野製茶園さんを訪ねたのは、早春のことだった。山一面に見える茶畑は、大きな畝となって連なり広がり、迫力のある風景を見せてくれる。スケールが大きい!
茶は、1423年に、佐賀県背振山の霊巌寺に、栄西禅師が中国から持ち帰った茶の種を植えたのが始まり、と言われている。それだけ歴史の古いお茶なのだ。今は八女全体で1500ヘクタールの茶畑があり、星野製茶園には良質な原料(荒茶)が集まっている。今では、煎茶、玉露、抹茶、ほうじ茶、紅茶、そして烏龍茶まで幅広くクオリティの高い茶を作っている。
専務取締役の山口真也さんは、星野製茶園の3代目で次世代を背負う若きリーダー。日本茶のインストラクターにして、茶審査技術十段を持つプロ中のプロである。そんな山口さんにお茶のことを伺い、茶畑に案内していただいた。・八女茶がおいしいわけ「八女茶は茶の中でも特に甘み、旨みにフォーカスした茶です。まろやかさを大切にするから、とてもおいしいんです。」
煎茶はもちろん、玉露はさらに甘みと旨みを凝縮させるため、自然の霧の覆いだけでなく藁をかぶせて遮光し、茶葉を手摘みし、蒸してもんで乾燥して荒茶を作る。それを問屋さんである星野製茶園がさらに数時間の工程をかけて仕上げる。なんとも手のかかるものだ。
「茶は、農産物なのですが、人の手が入らないとできない。茶に必要なのは天・地・人と言われます。天は天候、山間部で寒暖差のある気候がいいですが、寒すぎず、夏は雨が多め、というのが理想的。地は土壌、これは肥沃で水はけのよい土がいいんです。人は人の技術。この3つの条件が揃ってはじめていい茶ができると言われます」実に奥深いものだなぁ。
抹茶の茶畑にいく
玉露よりさらに管理の難しい碾茶の茶畑を見せていただく(碾茶は抹茶にするための茶である)。一面の茶畑を歩いていると、のどかな鳥の鳴き声しか聞こえない。空気も澄んでいて気持ちがいいことこの上ない。こういう土地だからいいお茶もできるのだなぁ。
傾斜地をかなり登り、碾茶の茶畑に着いた。抹茶は美しい緑色に仕上げないといけないから、さらに長い期間遮光するかぶせが必要だ。人の手でわらの簀巻きが天井に張り巡らされている。淡い光が差し込む畑には「さえみどり」という品種の茶の木がきれいな列を作って植えられている。新芽の若緑色がとても美しく、お茶界の「深窓の令嬢」という感じである。
「さえみどりは新芽が早く出る早生種です。八女の玉露や抹茶にはなくてはならない優良品種です。新芽が10cmほど伸びたら摘み始めますが、この摘み始めのタイミングを見計らう事がとても大事です。」
簀巻きの覆いをのせ、茶畑の世話をして、手摘みをする。一連の作業はすべて人手でやるそうだ。この生葉を蒸して揉まずに乾燥させたものを碾茶という。これを仕上げで葉脈を抜き、石臼で挽いて粉末状の抹茶にする。手間ひまかかっているのだなと実感する。
抹茶にする工程を見学
碾茶を石臼で挽いたものが抹茶である。さっそく工場を見学させていただく。碾茶は、見た目は青海苔のようなパラパラしたものだが、これをゆっくりと石臼で挽いていく。1時間で一臼約40gしかできない。工場なのでいくつかの石臼が回っているが、その調整をしたり、抹茶を回収するのも全て人手による作業。ここの工場の皆さんは、上から下まで白の作業着を着て白いマスクや帽子でカバーしているが、抹茶の粉末がうっすらと全身を覆っている。「はらぺこあおむし」の絵本の挿絵を思い出す。室内には碾きたてのいい香りが漂う。抹茶にはリラックス、集中力を高める効果があるというが、ほどよくすっきりした気分になるのは、そのせいなのだろうか?いくつかの石臼が一生懸命碾いても1日30kg弱しかできないそうだ。現在、石臼挽きの抹茶は数%しかないとの事。高価なのも作る工程を見たら納得するというものだ。
若きリーダーがお茶に関して思うこと
山口さんは物静かでインテリジェントな方である。そして、当たり前かもしれないが、お茶に関するすべてにとても詳しい。何を聞いても答えてくださる。膨大で深い知識と茶作りの経験が積み上がっている人なのだ。
そんな山口さんがお茶に関して思うことは。
「茶は日本の大切な文化なので、そこに携われてよかったと思います。茶という一つの植物だけど、いろいろな要素が揃ってはじめていいお茶ができますから。問題は高齢化と人手不足です。手間ひまのかかる玉露や抹茶を作る人たちは特に高齢化が進み、摘み子さんを集めるのも難しいんです。」
そういえば、山口さんは茶審査技術十段で、日本茶の評価をする人でもある。
お茶を評価するってどうなのだろう?
「茶の評価はとても難しいです。比べないとわからないし、何かに例えないとまた、難しい。自分の中に基準のものを持っていて、そこと比較しながらやっていかないと。」
昔からギターを弾くのが趣味だった。音楽と同様にお茶の香味を高音、中音、低音の波でとらえるようになって、茶の評価も分かりやすくなったそうだ。
お茶ってこんなにおいしいものだった?
会社に戻って手ずから煎茶を淹れていただいた。
それぞれの湯のみに湯を入れて冷ます。急須に茶葉を一人分4gほど(ティースプーン1杯くらい)を入れて、湯のみの湯を急須に戻す。待つこと1分。それぞれの湯のみに回しつぎをしながら注いてくださる。最後の一滴までゆっくりと。一連の動作が淀みなく丁寧で間違いない様子である。さすが茶師!湯のみを顔に近づけるとふわっと茶の香りが漂う。甘みと少し渋みを感じるバランスのよい飲みくち。あ〜、至福・・・。
そのあと、抹茶も点てていただいた。柔らかく、香り高い一服だった。
「或る列車」では、星野製茶園さんの八女産の紅茶をいただける。私もいただいたが、渋みが少なくて香りがよく、ファーストフラッシュのような風味。きれいなおいしさだった。
帰途、煎茶、抹茶、ほうじ茶を購入させていただいた。東京に戻り、自分で煎茶を淹れてみた。もちろん山口氏みたいにはいかないが、湯をちょっと冷まして注いだら、まろやかでおいしい煎茶を楽しめた。よかった、ありがとうございました。日本茶の未来に乾杯!